12時丁度発のANAで沖縄に向かう。途中若干の揺れはあったが気にするほどのことはなく、無事着地してほっとした。 沖縄はさすがに暖かい。ウエルカムを意味する‘めんそーれ’の字が出迎えてくれた。
トランクはあらかじめホテルあてに送ってあったので気楽なものだった。 今回の旅行では沖縄の植物をいろいろ観察してこようと思っていたので、出迎えのマイクロバスでレンタカー会社に行く道すがらまず目についた大きな葉で赤くなって散っていく並木に目が行き、なんだろうかと気にかかってならなかった。後に「クアデーサーという名で落ち葉を踏むとバリバリ言って面白いんです。」と教えられた。 空港からかなり離れた新開地に諸々のレンタカー会社が軒を連ねた地帯があり、その一つのOTSが予約を入れた会社だった。
「あまり聞いたことないね、この会社。」 OTSで借りたのは真っ赤なヒュンデ(韓国製小型車)、見たこともない代物だった。
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気を取り戻して辺りを眺めなおすと、奇妙にも秋を代表するススキが穂をなびかせているではないか。行けども行けどもススキは我が物顔でのさばっていた。 後に土地の人に尋ねたら、 「ススキだけではないですよ。ひまわりもコスモスも菜の花も同時に咲いているんです。」というのである。遠景にサトウキビ畑も見えたが、同じように穂がついてなびいていた。
あらふしぎ サクラ コスモス 菜の花に おばなもなびく 沖縄の春
石川ICに近づくと、 「間もなく出口です。料金は700円です。」とナビが教えてくれた。
目的地の恩納村(おんなそん) ムーンビーチホテルは青いネオンサインが遠目にもはっきり見えて、すぐにたどり着けた。ジャイアンツを除いたほとんどの球団がキャンプの際利用しているということで、私達が滞在中も湘南ベルマーレのグループが逗留中だった。 部屋は2030、西海岸に面していて、サンゴ環礁に仕切られた内側は淡いターコイズブルー、外海は濃い群青色と分別されて、荒々しく波立って見えた。台湾から引き揚げてきたとき眺めた深い海の色をふと思い出した。
その夜、ギリシャのツアーで一緒になったMさんが写真家仲間のTさんと一緒にホテルを訪ねてくれた。実は1年半ほど前にこのTさんとは主人がデイゴの花の写真を送って頂いたご縁で両国の東京江戸博物館内の「ごはんや」で会う約束をしていたのだが、当日私がバス内で転倒して行けなくなりキャンセルせざるをえない失礼を演じてしまっていたのだ。
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ギリシャ旅行で知り合ったMさんとTさん(左右両端)が ガイド兼ドライバーを勤めてくれました。 |
時刻は8時ころ、とりあえず夕食をという事で、ホテルからちょっと下った所にあった「月の浜」という郷土風居酒屋にご案内した。人工のかがり火に囲まれたエキゾチックな店構えだった。主人があらかじめインターネッとで調べてあり、ここの豚しゃぶが美味しいとのことだった。特に沖縄特産のアグーという黒豚のしゃぶしゃぶが良いそうなので味わってみることにしたのだが、出てきた材料を見て唖然とした。ほとんどが脂身でわずかに肉が付いている恐ろしいものだった。しかし味はよく、「ま、いいか。」と腹をくくって食べた。
食事をしながら明日からの日程を相談した。Mさんとは出発前からメールで沖縄での日程を相談していました。私たちはあまりご迷惑をおかけしてはとおもい、滞在中に一度お会いして旧交を温め,沖縄の花の情報をお聞きするだけのつもりでした。しかし食事しながらお聞きすると、翌日から二日間はMさんが、3日目の最終日はTさんがご案内下さるおつもりと判りました。 わざわざ訪ねて頂いた上、3日間もお付き合いくださるということには申し訳なくて躊躇していたのだが、Mさん曰く、沖縄では‘いちゃりばちょうでぃー’(いちど出会えば兄弟)。これで私たちも納得、申し訳ないがご厚意に甘え、思いがけず土地のガイド兼ドライバー付きの豪華旅行となりました。
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美女2人桜と競演 |
「フクギと言って防風林なんです。小さい頃ボールのような実をとって投げ合って遊びました。」とMさんは説明してくれた。また時々現れたデイゴの木はすっかり葉を落としてこれがあの鮮やかな赤い花をつけるのかと想像しながら眺めた。念のために言うとデイゴは沖縄の県の花であり、ホテルの近くにも大きな木が並んでいた。Mさんが「あれがデイゴの木ですよ。」と教えてくれたので、そうか、えらいごつごつした枝ぶりやなあと思ったのである。
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散る時はそのままぼとりと落下するので ソメイヨシノのような散り際に美しさはない |
58号線をそれて八重岳に近づくにつれて、ピンクの花を付けた木が目立ち始めた。山を登るにつれて、花は密になり華やかになってきた。丁度この地区は桜祭りが始まったばかりで、本来ならば車が混雑するところだが、この日は雨模様で客が少なくゆっくり鑑賞できたのは幸いだった。 「沖縄の桜は北から南へ、それも高いところから低い方へ咲いていくのですよ。」 本州のソメイヨシノは逆だから、 不思議に思った。 「いつもの年は桜の下にツワブキの黄色が咲いていてきれいなのですが、今年はないですね。」 その代りにタイワンアサガオが空色の色を添えていた。私たちは行く先々で美しさを増すヒカンザクラをカメラに収めた。首をたれて楚々と咲く桜は下からのアングルに格好のものだった。
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南米、ブラジル原産。 アルゼンチンではヨッパライノキという。 実の中には綿状繊維で囲まれた種子がある。 |
山の上から全景を眺めた後、昼御飯を食べるために下山して、Mさんがネットで調べて来た沖縄そばの有名店‘大家’に行くことになった。‘大家’は‘うふやー’と発音される。沖縄のことば(うちなーぐち)の母音は、あ、い、う、の3音しかなく、おがうに変わっている故に’おおや’が’うふやー’になったのであった。開けた土地に広い駐車場があり、珍しい花がたくさん咲いていた。徳利のような真ん中がど太い幹に、ピンクの大きな花弁の花、枝の先端に蝙蝠が吊り下がったような実を付けて何とも異様な植物がまず目にとまった。 「トックリキワタまたの名を南洋ザクラといって、実がはじけると綿のようなものが出てくるんです。」とMさんが教えてくれた。
ポインセチア、別名ショウジョウボクは本来3メートルほどになる中木で、ここでは本来の姿を見せてくれていた。 ブーゲンビレアやランタナ、アンジェラ、ペチュニアなど各種色とりどりに咲き乱れていた。 建物は100年ほど前に建てられた農家を建て替えたと言っていたが、材木の古さが何ともいえず良いものだった。残念なことは、椅子席がなかった。私は足が悪く椅子席でないと座れない。困っていると外に東屋風の一席があるが、それは車椅子客専用だとか、「どうしようか、車椅子に乗ってくればよかったね。」と私が漏らした言葉を聞いてくれたのか、「じゃーいいです。外へどうぞ。」と一件落着。
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「大家」の素敵な東屋にて |
念願のソーキそばをここで注文した。やはり沖縄を代表する食べ物の一つだし美味しい。Mさんは何を思ったかデザートやマンゴー、シークアサーなどのジュースまで注文した。ごねて案内された席へのお礼だったか。すっかり御馳走になってしまった。
その帰り道だったか、行き道だったか定かでないが、カエンボク、別名アフリカンチュウリップが燃えるような赤い花をつけていたのに出会った。Mさんがご自慢の大きなカメラを担いでシャッターを切ってくれたので、私たちは車の中で待機していたのだが、後で自分もカメラに収めればよかったと後悔した。
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不思議に思ったのは遠いアフリカやブラジル、オーストラリア、ニューギニア、インド、マレーシア、中国などの原産種がここ沖縄で蔓延っているのかということだった。
帰り道に寄ったフルーツランドにもこの木があったように思うのだが、背が高く写真には不向きだった。フルーツランドには台湾でなじんだパパイア、マンゴー、スターフルーツ、レイシ、リュウガン、など枚挙にいとまがない程目を楽しませてくれる木が集められていた。案内して下さったMさんに感謝、感謝です。
Mさんは4時にはお孫さんを幼稚園に迎えに行く予定と言っていたが、あちこちで寄り道してタンカンとかオンシジウムなどを私達にかってくれたのだった。オンシジウムは滞在中洗面所を飾っていたが、帰る時になってもまだシャンとしていたので家まで持ち帰り、今も玄関を飾っている。
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雄ヒルギ、雌ヒルギ、ヤエヤマヒルギを観察する。 |
「マングローブは海水と淡水がまじりあったところに生えるんですよ。」
やはり百聞は一見にしかず、いろいろなことが分かった。まず一種類と思っていたのにここには、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種類があるというのだ。一様に言えるのはたこ足のような支柱根があり、枝から下がった気根も下へ下へ伸びて土に達する習性があることだ。私達は散策ルートをたどって三種の違いを見つけ、写真に収めた。 「ヒルギの果実は胎生発芽して15センチ以上の長い棍棒状になって、実ると垂直に落ちて泥の中に突き刺さるのです。」と彼女は説明した。果実を切ってみると中央にそれと思しき発芽状のものが見えた。
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慶佐次はヤエヤマヒルギの北限として知られる。 そのせいか、まだ白い花(右端)が咲いていた。 |
マングローブの林の周辺には、艶やかなピンクのケラマツツジが咲き乱れていた。また、キバノタイワンレンギョウやクアデーサーが植えられていて、大きな葉や種を落としていたので、記念にひとつ貰って来た。落ち葉の上を歩くとやはりバリバリ音がした。こんなことでも小さな頃は面白かったのだなあと思った。
「昼ご飯の前にコスモスと菜の花が同時に咲いているところを見ましょうね。」と言って案内してくれたのは‘かぐや姫’と称するフラワーパークだった。広い敷地内に多種の亜熱帯植物やバラ、梅、ホテイチク、ヘゴ、やぶ椿などある中に一面菜の花とコスモスを敷き詰めたところがあった。車を降りるとむせかえるような菜の花の香りがした。菜の花の下草に白い可愛い花が咲いていた。「これはなんですか?」と問うと 「アワユキセンダングサと言って薬草として使っています。」と教えてくれた。
いま一つ、葉を落とした枝にピンクのラッパ状の花をたくさんつけた木があった。図鑑によるとイペーまたはモモイロイペーという花で、ブラジルの国花だとか。
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かぐや姫のフラワパークにて。 |
パークを出て隣の売店でまたソーキそばを食べた。昨日と違ってごくあっさりしていたが美味しかった。ここでソーキそばにかける‘こーれーぐーす’と‘ごまがし’を土産に買った。 帰途山道で赤紫のオオバナソシンカ、葉が羊の蹄の形に似ているので羊蹄木とも呼ばれる花を見つけて写真に収めた。 そこからは一気に58号線に戻り、許田の道の駅で若干の土産を買ってホテルに戻った。
Mさんにはここでお別れだったが、いろいろ案内してもらった上に、途中で買われた沢山のお土産を頂き恐縮の極み、ありがたい限りであった。「にふぇでーびる!!」
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浦添市立美術館駐車場にて ボリビア原産。 花がパフに似ているので英名powder-puff 昨日のかぐや姫フラワパーク入り口でも見られた。 |
最後の日はTさんがお相手して下さるそうで、私達は10時にホテルを出て浦添市美術館を目指した。58号線を南下するルートでナビの指示通りに走って、予定通り11時頃に駐車場に入った。Tさんと無事に逢えてそこからは全てTさんがお膳立てしてくれた通りにことは進んだ。美術館は琉球王朝時代の漆器を年代ごとに展示してあり現代にいたる精巧な技法を見ることができた。
見学の後、Tさんに昼食を御馳走になり、漆器のつまようじ入れまで頂いて申し訳なかった。 そこからTさんのダンス教室まで付いて行って、お得意の裏庭のパパイアを見て、2人のお弟子さん方の古典フラダンスからブルーハワイイ、パーリーシェルの軽快なフラダンスを楽しませてもらった。お二人とも小学生を抱えた主婦で、私達のためにわざわざ来て披露してくれたそうでまことにありがたく思った。最後にTさん自らとちょうど何かで現れた一番弟子さんが、先のお弟子さん演奏の三線(さんしん)と歌にあわせて‘てぃんさぐぬ花’のフラダンスをご披露くださった。歌もダンスも素晴らしく、私達だけで見学できたのはもったいない気がした。歌詞の内容がまたよいと思ったのでここに書き記しておく。
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Tさんと一番弟子による「てぃんさぐぬ花」。 |
てぃんさぐぬ花や 爪先(ちみさち)に染み(すみ)てぃ
親(うや)ぬゆし言(くとぅ)や 心(ちむ)に染みり(すみり)
天(てぃん)ぬ群り(ぶり)星(ふし)や
読み(ゆみ)ば読(ゆ)まりしが
親(うや)ぬゆし言(くとぅ)や 読み(ゆみ)やならん
夜(ゆる)走らす船(ふに)や ニヌファ星(ふし)みあてぃ
我ん生(わんな)ちぇる親(うや)や 我(わ)んどぅみあてぃ
ホウセンカの花は爪先に染め、親の言うことは心に染めなさい
天の群れ星は数えようとすれば数えられるが、親の教えたことは数えきれないものだ
夜走る船は北極星が目当て、私を生んだ親は私を目当てにしている。
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沖縄最後の日、レンタカーをOTSに返し、空港でお土産をかったり送ったりしたが出発迄まだ1時間以上もあった。そこで遅めの昼食をとレストランに入った。私は又沖縄特産のアグーの串焼きを、主人は沖縄に来たら食べなきゃ,と言っていたヒレステーキを食べて満足。こんな訳で今回の沖縄はすべてが最高だったと思う。やっぱり持つべきものは友達、いちゃりばちょうでぃー!!ビバ沖縄!!
冬の時期にも関わらず随分沢山の珍しい花を見る事が出来た。これらの花の一覧を沖縄Photogalleryとして別にまとめてみた。一部には2005年の9月に来たときのものも含まれている。興味のある方はご覧下さい。ただ心残りは沖縄の3大名花である、デイゴ、オオゴチョウ、サンダンカを見れなかった事である。もっともサンダンカは旅行中に見たと思っていたが、帰ってから図鑑で見るとシチヘンゲでサンダンカではなかった。3大名花の開花時期が重なるのは6月である。梅雨時であるが再度沖縄を訪れるとすれば6月にしようと思っている。この時期は又Mさんご推薦のサガリバナ(フサフジ=キーフジ)の開花時期でもある。実現するかどうか? 今のところ努力目標である。
2008年2月4日 酒井定子